時々空中へ舞ひ上がつてゐる。

好きなものについて考え続け脳内迷子のパラノイア雑記

『我が一九二二年』より「秋刀魚の歌」佐藤春夫

母がまともに本を読んでいるのを全く見たことがないのである。謎。

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『我が一九二二年』より「秋刀魚の歌」佐藤春夫.最後の一節。ーーーーーーーさんま、さんま、さんま苦いか塩つぱいか。そが上に熱き涙をしたたらせてさんまを食ふはいづこの里のならひぞや。あはれげにそは問はまほしくをかし。ーーーーーーー.母はこどもに何を与えることができるのか とつらつら考える毎日でありますが。ふと、自分の母が常に口ずさんでいたこの一節を思い出した。.常に、というか。さんまを食卓に出すときに限るのだけれど。いつごろからだったか。もう物心ついたころにはこれをやられていたような(トラウマか)。.母は別に「こどもに文学を!」という気概で伝えてたわけでもなんでもなく、ただ単純にその詩が好きだったのである。その証拠に、スは大学生になって初めて、これが佐藤春夫の「秋刀魚の歌」だと知り、その背景にある谷崎潤一郎の妻千代との恋について知ることになるのだけれど。発見したとき、「これかーーー!!」っておもわず怒鳴ったのを思い出すわ(なぜ怒り?)。年季の入った壮大な謎かけ(なのか)。てっきりこれは母自作の詩だとばかり(あほか)。..おかげでそれ以降さんまを見る度に母と佐藤春夫が想起されるようになった我で。涙をかけてさんまを食すところまで。.というわけでさんまは幼少よりスにとって切ない魚。というわけでなぜか明石家さんまさんも拝顔するたびに「このひとも実はきっと切ないんだろうな」とずっと思い込んでいた我(謎)。なんだろうこの刷り込み。..#読書 #読書記録#books #bookstagram#佐藤春夫#青空文庫